H2Hマーケティング実践編
「正義とは?・その31:
道徳の最高原理とは
「善意志は、それが及ぼす影響や達成するもののために善いのではない」
カントは、ある行動が道徳的であるかどうかは、その行動がもたらす結果ではなく、その行動を引き起こす意図で決まると言います。行動に道徳的な価値を与えるのは「義務の動機」であり「正しいことを正しい理由のために行うこと」だと言います。
また、義務以外の動機(私利、欲望、選好、必要性、生理的欲求など)については、「傾向性の動機」と名づけ、区別しています。
サンデルは、動機に関するカントの考えの中で、なかなか理解しづらいものとして、他者を助ける義務について紹介しています。
「カントは、思いやりからなされた善行は『どんなに正しく、どんなに感じがよかろうと道徳的な価値に欠け』、『称賛と奨励に値するが、尊敬には値しない』と言い、他者を助けるという行為の動機(善行をなすことで喜びを感じること)と、義務の動機を区別している。カントが重要だと言っているのは、善行が喜びをもたらすかどうかではなく、そうするのが正しいからという動機で善行をなすことだ」。
サンデルは、義務から行動することが道徳なら、義務の要件を明確する必要があるが、それは道徳の最高原理を知ることに等しく、この問いに答えるのが『道徳形而上学原論』だと言います。
カントの答えを理解するには、道徳、自由、理性という3つの重要な概念の関係性について、彼がどのようにとらえていたかと知る必要があります。カントはこれらの3つの概念を一連の対比、すなわち二元論を用いて説明していると、サンデルは解説します。
- 対比その1:(道徳):義務 対 傾向性
- 対比その2:(自由):自律 対 他律
- 対比その3:(理性):定言命法 対 仮言命法
対比その1の道徳についてのカントの考えは、上に書いたように、行動に道徳的な価値を与えられるのは義務の動機だけだ、ということになります。
対比その2の自由については、カントは意志決定の方法として、自律と他律の2つがあり、人間が真に自由と言えるのは、意志を自律的に決定している時のみ、すなわち自分が定めた法則に従っているときのみだ、ということです。
「人間は、感覚がもたらす快楽や苦痛に支配される感性的な存在であるだけでなく、合理的に推論できる理性的な存在でもある。もし理性が私の意志を決めるなら、その意志は自然や傾向性の命令にとらわれず選択できるはずだ。」
カントの理性の概念は、自由や道徳に対する考えと同様に厳格なものです。
サンデルによると、功利主義者も人間は合理的推論能力を備えていると見なしていたが、それは道具としての理性に過ぎず、功利主義者にとって、理性の仕事は追求に値する目的を決めることでなく、そのときどきの欲望を満たすことで効用を最大化する方法を見つけることだとし、ボッブスの理性は「欲望の偵察者」、ディヴィッド・ヒュームの「情念の奴隷」という呼び方を紹介しています。
「カントは、理性にこのような従属的な役割を与えることを拒んだ。彼にとって、理性は単なる情熱の奴隷でない」、「カントが考える理性、道徳にかかわる実践理性は、道具としての理性ではなく、『いっさいの経験的目的にとらわれずに、ア・プリオリに法則を求める純粋実践理性』である」。
次回は、カントの対比その3「理性」の定言命法と仮言命法について、サンデルの解説を頼りに見ていきます。
(by インディーロム 渡邉修也)


