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H2Hマーケティング実践編 
「正義とは?・その30:
カントの考える自由とは

サンデルは、「自由市場でわれわれが下す選択はどこまで自由なのか」という問題と「金では買えない美徳やより高級なものは存在するのか」という問題に対して、考えるヒントを与えてくれるのがカントだと言います。

カントは、ベンサムと同時代の人です。彼は『道徳形而上学原論』(1785年)の中で「道徳とは幸福やその他の目的を最大化するためのものではなく、人格そのものを究極目的として尊重することだ」として、ベンサムの功利主義を徹底的に批判します。

カントは「功利主義は、何が最大の幸福をもたらすかを権利の基準にすることで、権利を脆弱なものにしている」、「ある時点での利害、必然性、欲望、選好といった経験的理由を道徳の基準にすべきではない」、「ある人間を幸せにすることと、彼を善い人間にすることはまったく別の話で、功利主義者が考える幸福の原理は道徳の確立にまったく寄与しない」、「せいぜいそろばん勘定がうまくなるくらいだ」と言います。

サンデルよると、『道徳形而上学原論』は2つの大きな問いを投げかけてくるそうです。一つ目は「道徳の最高原理とは何か」ということ。その問いに答える過程で、もう一つの「自由とは何か」が問われていくそうです。

サンデルは、ここまでに、正義へのアプローチを3つあげてきたと言い、一つ目が功利主義、二つ目が正義と自由とを結びつけるリバタリアニズム的なもの、三つ目は美徳に基づくもので、アリストテレス的な正義を善良な生活に関する考えと結びつけようとするものだと言います。

そして、サンデルは「カントは一つ目(功利主義)と三つ目(美徳の奨励)は認めていない」、「どちらも人間の自由を尊重していないからだ」、「カントが熱心に勧めるのは、正義と道徳を自由と結びつける二つ目のアプローチだ」と言います。

意外に思われた方も多いのではないでしょうか?

続きがあります。「しかし、カントが定義する自由は厳格だ。市場で物を売買する際の選択の自由よりも厳しい」、「カントに言わせれば、大多数の人が市場の自由や消費者の選択だと考えているものは真の自由ではない」、「なぜなら、そこで満たされる欲望はそもそも自分自身が選んだものではないからだ」と言うのです。

「カントの道徳哲学を理解するには、彼のいう自由を理解しなければならない」そうです。

カントの考える自由とは、以下のようなものです。

「動物のように快楽を求め、苦痛を避けようとしている時の人間は、本当の意味では自由に行動していない。生理的欲求と欲望の奴隷として行動しているだけだ」

カントの考える自由な行動とは、自律的に行動することで、自然の命令や社会的因習ではなく、自分が定めた法則に従って行動することです。

カントは、自律的な行動を説明するために、新しい言葉として「他律」というものを考えました。

他律的行動とは、自分以外のものが下した決定に従って行動することです。

なぜ勉強するのか→いい大学に入るため→なぜいい大学に入りたいのか→いい会社に入るため→なぜいい会社に入りたいのか→安定した収入のため→なぜ安定した収入が必要なのか→将来家族を持った時家族の生活を支えるため・・・。

一見すると自らの意志で自らの行為を決定しているように思われますが、カントに言わせると、他律的な決定になるようです。

「あることをするのは別の目的でためであり、その目的を実行するはまた別の目的のためといったよう延々と続いていく。他律的行動するというのは、誰かが定めた目的のために行動することだ。そのとき、われわれは目的を定める者ではなく、目的を達成するための道具に過ぎない」とカントは言うのです。

次回もカントの自律、他律の話からカントが考える自由について、そして道徳を基準となる原理となるものはなにかを、サンデルの解説で見ていきます。

(by インディーロム 渡邉修也)

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