H2Hマーケティング実践編
「正義とは?・その28:
兵士と労働市場
「正義をめぐる議論が白熱すると、たいてい市場の役割の話になる。自由市場は公平なのか。お金で買えないもの、否、お金で買ってはいけないものはある
のか。」サンデルの問いかけは、市場と倫理に関する議論へと進んでいきます。
自由市場の擁護論はリバタリアニズムと功利主義のという2つの観点に大きく分けることができると言います。前者は自由市場での自発的取引は自由の尊重であるという主張。後者は自由市場での取引は互いが利益を得るため全体の効用を促進し、全体の幸福・福祉を増大させるという主張です。
一方、市場懐疑論者は、市場の選択はつねに自由とは限らないし、一部の物品や社会的慣習は、金銭で売買されると腐敗・悪化すると主張します。
サンデルは、米国での兵士の集め方と代理出産の事例を紹介しながら問い掛けを進めていきます。
米国の兵士の集め方は、次の3つの変遷を辿ります。
- 建国当初の「徴兵制」
- 南北戦争時代の「(身代わりを雇ってもよい)条件付きの徴兵制」
- ベトナム戦争以降の「市場方式(志願兵制)」
兵役は死のリスクを伴います。そのため、南北戦争時代になると、富裕層は大金を積んで、兵役の身代わりを雇うようになります。しかし「富める者の戦争で貧しき者が戦う」との批判が高まり、19世紀後半には、公的制度として「徴兵免除費」が導入されます。しかし、免除費の金額が未熟練労働者の約1年分の賃金相当であったことで、命の値段はそんなものなのかという批判を浴びたようです。(余談ですが、徴兵された場合に免除費を肩代わりしてくれる保険商品まで登場したそうです。)そして、1970年代にはヴェトナム戦争反対運動の高まりを受け、徴兵制が全面廃止され、全員が志願兵(=労働市場を通じて集められた有給の職業兵士)へと変わって行きます。
リバタリアンは徴兵制は一種の奴隷制であるとして反対、功利主義者も志願兵を募集するための経費アップ(=税金のアップ)より、望まない兵役に就くことによる効用損失の方が上回るとして徴兵制には反対の立場と取ります。つまり、市場方式(志願兵制)を支持する立場です。
市場方式(志願兵制)に対して出てくるのが、公平性と自由とは?、市民道徳と公益とは?いう問題意識です。
(サンデルがこの本を執筆した時点では)米国の志願兵の出身階級の構成は低所得者層から中所得者層が多い地域出身の若者が多数を占め、新兵の25%以上が高校を卒業しておらず、18〜24才の兵士で大学に通った経験があるのは6.5%に留まっており、志願兵は、本当に国を護ろうという意志で志願した若者ではなく経済的事情で志願したのではないか?果たしてそれは公平と言えるのか?自由意志で志願したのだから問題ないと言い切れるのか?という意見です。
このように思う人は多いのではないかと思われますが、米国で徴兵制復活に関す意識調査をすると、過半数が徴兵制復活に反対のようです。
市民道徳の観点からの意見は、兵役は単なる仕事ではなく市民の義務である、兵士をお金で雇うことは市民としての義務を放棄することだというものです。
米国は、第二次大戦後、最も多く戦争をしてきた国です。戦争や紛争が起こるたびに、米国では徴兵制復活に関する意識調査が繰り返し行われてきましたが、徴兵制復活に反対する方が、過半数を占めて続けているそうです。
兵役は、国民全体が負うべき市民の義務なのか、それとも、危険や負荷に対して相応の報酬や特典が用意されることでバランスが保たれる市場方式(志願兵制)なのか、なかなか答えは出そうにありません。(サンデルは、さまざまな正義の理論がこうした問いかけに対する答えを用意しており、この本の後半でそれらを紹介していくとしています。)
次回は、市場と倫理に関する議論のうち、代理出産の議論を紹介します。
(by インディーロム 渡邉修也)


