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H2Hマーケティング実践編 
「正義とは?・その23:
功利主義への反論

功利主義は、シンプルであるがゆえに強靱で、功利主義に反論することは困難を極めます。サンデルは、功利主義に対する典型的な反論を紹介しながら、反論の難しさを語っていきます。

第1の反論は「個人の権利」について。

多くの人にとって分かりやすいのは、功利主義は「個人の権利を尊重しない」ということです。満足の総和だけを気にするため、個人の権利を踏みにじることがある、というものです。

功利主義者にとっても個人は重要なのですが、その意味するところは「個人の選好も他のすべての人びとの選好とともに考慮されるべきだ」ということにすぎないことです。

功利主義の論理を徹底していくと、品位や敬意といった基本的規範を侵害するような人間の扱い方を認めることなる、という訳です。

サンデルは、例として、古代ローマで民衆の娯楽のためにコロセウムでキリスト教徒をライオンに投げ与えたことを上げ、犠牲になるキリスト教徒の苦痛と民衆の陶酔の総和をどう考えるか、また、マンハッタンを壊滅させる核爆弾を仕掛けた(と疑われる)テロ容疑者に爆弾の場所を吐かせるための拷問はしてよいのか、さらに容疑者に自供させるためにその娘を拷問にかけることはどうなのか、と問い掛けをしていきます。

「個人の権利」を重視する人びとは、こうした例について人権の侵害であり、人間の権利や尊厳は効用を超えた道徳的基盤を持っている、という主張です。

しかし、トロッコ問題のような5人対1人という場合に対して、核爆弾の例の1人の苦痛対数万人の命という場合に、もしも数万人の命のために容疑者への拷問を認めることになれば、それは功利主義の原理である「効用の最大化」、「最大幸福原理」に同意することなるわけです。これは人権擁護派もアンチ功利主義者もなかなか有効な反論は難しそうです。

第2の反論は「価値の共通通貨」、つまり効用を数値化して価値判断を行うことを疑問視するものです。

功利主義は「道徳の科学」を提供すると主張します。幸福を計測し合計する際、個々人の好みを評価(区別)せず平等に計算すること。道徳の科学の魅力はこの「評価しない」という精神にあるのだ、と言います。

好みを合計するためにはそれを単一の尺度で測る必要があり、ベンサムの効用という概念はこのような一つの共通通貨を提供するもの、というわけです。

「だが、道徳にまつわるあらゆる事物を、計算の過程で何も失わずに、単一の通貨に換算することは可能だろうか」

功利主義に対する第2の反論はこのように疑問を呈します。

サンデルは、この反論を検討するため、政府や企業で広く使われている意志決定の手法である「費用便益分析」で功利主義がどのように応用されているか考えてみようと提案します。続きは次回に。

(by インディーロム 渡邉修也)

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