H2Hマーケティング実践編
「正義とは?・その18:
当事者たちの合理性
ロールズの原初状態にはいくつかの前提条件があります。まず「原初状態の人びとが合理的」であること、そして同時に人びとは「自分たちの善の構想を知らない」と想定しています。
「自分たちの善の構想を知らない」という場合に、どの正義の構想が一番自分たちの利益となるのか、どのように判定することができるのでしょうか?
無知のヴェールを付けた状態では、通常人びとは、より少量ではなく、より多くの社会的基本財を選好します。
人びとは総じて、自らの自由を守り、機会を拡充し、そして本人の達成目標を推し進めるための手段・資産を増やそうと努めるはずだ、ということを知っています。
善の理論、一般的な道徳に従うならば、人びとは通常の意味における合理的な意志決定を下すことができるはずだ、とロールズは言います。
また、ロールズは、原初状態における特別な前提として「合理的な個人は嫉みに悩まされない」というものをあげています。
嫉みや、恥辱、屈辱など様々な感情に左右されず、正義の構想が無視することは可能なのでしょうか?
ロールズは、このことについて以下のように説明しています。
「嫉みはすべての人の暮らし向きを悪くする傾向がある。嫉みは集合的に不利益をもたらす」
「原初状態の人びとは自分たちが自己充足的な人生計画を有しているものと当然考えるはず」
「人びとは自分自身に価値があるとの堅固な感覚を有しているため、他人が彼らの達成目標を促進するための手段・資産の取り分を減らすのなら、自分たちの達成目標のいくつか放棄しようと望むわけでない」
こうした規定に基づいて正義の構想を練り上げ、採択された諸原理が実施されるとしたら、それらは「嫉みや、その他の有害な感情が強くならないような社会的な制度編成を結果として導くようになるはず」とし、したがってその構想は「本質的な安定性を有する」ものになる、としています。
ロールズは、<相互に利害関心を持たない(公平無私の)合理性>という規定は、「原初状態の人びとは、おのおのの諸目的のシステムを可能な限り促進する原理を認めようとする」、「社会的基本財の最高度の指標を自力で克ち取ろうと試みる」、「そうした試みによって、自分たちの善の構想を最も実効的に推進できる」としています。
さらに、「人びとは互いに便益を与え合ったり、危害を加えたりしない。愛着や憎しみによっても動かされない。嫉妬深くもなければ、虚栄心が強い分けでもない」、「競争相手の低得点を願うこともなく」、「自分の成功と他人の成功との格差を最大化もしくは最小化することを追求するわけでもない」、「当事者たちは、可能な限り多くの得点を獲得することように願い努力しているだけ」なので、ゲームのようなものはではないとしています。
(by インディーロム 渡邉修也)


