H2Hマーケティング実践編 
「合理的配慮の準備できてますか?・その3:
合理的配慮の提供とは」

前回は「障害者差別解消法」の3つの柱のうち「不当な差別的取扱いの禁止」とはどのようなことを想定しているのかをご紹介しましたが、今回は残り2つの柱のうち「合理的配慮の提供」について見ていきたいと思います。

まず、合理的配慮とはどんなことをいうのでしょうか?これを理解するには、共生、インクルーシブ(包摂)という考え方を理解する必要があると思います。

日本は差別も少なく、公共施設や大きな商業施設は多目的トイレや手すり、点字ブロックも整備されているので、世界的にみても及第点が取れているのでは?と多くの方が思っていらっしゃるかもしれませんが、残念ながら違うようです。

日本は、隔離・分離社会であり、共生社会とは世界的には認められていません。

私も日本はましな方だと思っていたのですが、その認識は違っていたと気付かされたいくつのかのトピックがあります。

例えば、精神病棟。イタリアには精神病棟というものがないそうです。精神疾患をわずらっていても、イタリアでは精神病棟などに入院させ隔離するようなことはしないそうです。精神疾患を持つ人も、人格をもつ一人の市民であり、ある種の個性をもった、あるいはそういう状態にある市民として、社会の中で共に生活すべきだ、という人権の基本原則に基づく考えによるものです。

例えば、特別支援教育とインクルーシブ教育の違い。2022年、国連の障害者権利委員会は、日本政府に対し「障害児を分離した特別支援教育の中止」を要請。国連勧告として「障害のある子どもの分離された特別教育が続いていること」、「障害のある児童生徒に対する合理的配慮の提供が不十分」として、「インクルーシブ教育に向けた国の行動計画の策定」を要求しています。つまり日本では、子どもの教育についても分離・隔離の発想が残っており、世界的に見てとても共生社会とは言えない状態と見做されているわけです。

これは、個人的な見解になりますが、日本は明治以降、欧米に最短で追いつくために、国が考える「普通」「標準」の枠内に収まる “標準的国民” で効率よく経済や社会を回していくことを優先し、それに当てはまらない人を分離・隔離する傾向が強かったのではないでしょうか?その名残が今も根強く残っていると。

下記は、インクルーシブ教育を実現するための基本理念になりますが、教育以外の「合理的配慮」を考える上でも参考になると思いますので紹介しておきます。

  1. 障害者が一般的な教育制度から排除されないこと
  2. 自分が生活している地域で初等中等教育の機会が与えられること
  3. 個人に必要な合理的配慮が提供されること

上記の「教育制度」「教育の機会」を、「社会生活」と「サービスを受ける機会・権利」などに置き換えると、なるほどと思われるところがあるのではないでしょうか。

次回も「合理的配慮」と続きと、「環境の整備」について学んでいきたいと思います。

(by インディーロム 渡邉修也)

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