マーケティング再入門
「社会文化的変化を促すものとは・その4:
変化を生み出す解決策の提供」
画期的なイノベーションは、人間にマズローのピラミッドをのぼらせることをめざす。(「コトラーのマーケティング3.0」より)
今回は、社会文化的変化を促すための第3段階として「変化を生み出す解決策の提供」について復習します。
上記の本の中で紹介されているマッキンゼーの調査では「企業に期待されているもの」として、①雇用の創出(65%)、②画期的イノベーションの実現(43%)、③社会的課題の解決策を提供する製品・サービスの開発(41%)という結果だったそうです。
①の「雇用の創出」は、古くて新しい課題です。90年代以降のグローバル化の流れの中で、米国でも、日本でも、EUでも、より低コストで生産できる新興国へ生産がシフトすることで、国内の雇用が奪われる現象が広がりました。
「②画期的イノベーションの実現」や「③社会的課題の解決策を提供する製品・サービスの開発」が、「①雇用の創出」をもたらすものであれば、それが一番理想的な解決策というわけです。
コトラーは、解決策へのアプローチ法として、調査(hear)、創造(create)、引き渡し(deliver)の三段階のプロセスをあげ、特に調査を入念に行うことを提唱していますが、開発予算に乏しい企業では全てをしっかり実行するのはなかなか厳しいかもしれません。
そこで、何か小さな会社のよい事例はないかと探したところ、自転車のメッセンジャーバックで有名なスイスのブランド「フライターグ(FREEITAG)」の例がありました。
フライターグのバッグやリュックは、廃棄されたトラックの幌をそのまま生地として使用して作られています。つまり、回収してきた幌が黄色なら黄色いバッグ、青なら青いバックになるわけです。
環境配慮型企業として評価の高いパタゴニアのフリース衣料はPETボトルのリサイクルで出来た素材で作られたものですが、フライターグの方式は「アップサイクル」と呼ばれ、回収した素材をそのまま生かして使うものです。
フライターグの経営者の言葉によると、同じような幌生地をインドで生産し、最終的なバッグの完成品までインドで行えば、5分の1以下のコストで製造可能だということですが、それはやらず、EU内で幌生地を回収し、EU及びその周辺地域(2,500キロ圏内)での製造にこだわっているそうです。
理由は、その方が環境への負荷が少なく、地元に雇用を創出できるからということ。つまりコストよりも、環境や雇用を優先させているわけで、そのコンセプトに共感したユーザーに支持され、数万円以上するメッセンジャーバックが売れ続けています。
「アップサイクル」というイノベーションによって、「環境負荷軽減」と「雇用創出」という社会的課題に応え、デザインがかっこよくて丈夫というバッグの基本ニーズを満たし、そしてユーザーの意識まで変えた、まさに社会文化的変化を促すマーケティング3.0/4.0的発想のビジネスであるわけです。
ちなみに「僕たちは市場分析を信用していない」といったフライターグの経営陣の発言もよく見かけますが、これは、単純な人気投票的な底の浅い調査は意味がないということであり、真のユーザーの声に耳を傾け、未来を見据えたリサーチにはとても熱心に取り組んでいることを付け加えておきます。
(by インディーロム 渡邉修也)