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「宇沢弘文『社会的共通資本』を読む・その4:
ケインズを乗り越える新しいパラダイム」

宇沢によると、経済学の大きな流れとして、まずは、イギリスが海賊資本主義で世界を仕切っていたパックス・ブリタニカ時代の「新古典主義経済学」があり、その後、世界恐慌から70年代前半までのパックス・アメリカーナ時代に主流となる「ケインズ経済学」が登場して以降は、次の経済学(新しいパラダイム)を生み出せないまま現在に至っているそうです。

70年代の米国の衰退の後、80年代前半のレーガン政権、サッチャー政権の経済学的な拠りどころとなったマネタリズム、合理主義経済、サプライサイド・エコノミクス、合理期待形成仮説などは、全てケインズ経済学に対する「アンチ」でしかなく、ケインズ以前の新古典主義経済学(理論的に破綻していることが既に証明済みの経済学)を極端な形で展開しただけで、ケインズ経済学を乗り越えるような新しいパラダイムではないとしています。

では、ケインズを乗り越える新しいパラダラムに必要とされる条件とは、一体どのようなものなのでしょうか?

それは、どうやら20世紀中盤以降の政治思想の目標の転換、すなわち「生存権」から「生活権」へ、という変化にも関係しているようです。

宇沢は、ケインズ経済学は、新古典主義の4つの公理のうち、「資源配分のマリアビリティ(※注1)」と「市場均衡の安定性」の二つについては否定したが、もう二つの公理、すなわち「希少資源の私有制」と「所得配分の公正性」についてはふれることがなく、棚上げされたままになっていたと言います。

宇沢の「制度主義」とそれを具体化するための「社会的共通資本」という考えは、ケインズ経済学にから抜けていた(あえて無視した?)「希少資源の私有制」と「所得配分の公正性」をもカバーし、ケインズ経済学も、その後の新自由主義やグローバル資本主義も乗り越えていこうとするもののようです。

「生存権」から「生活権」という政治思想の変化は、このうち「所得配分の公正性」の実現に大きくかかわっているものです。

宇沢の解説によると、「生活権の政治思想」は、すでに1930年代でスウェーデンで、グンナー・ミュルダールらの経済学者に経済制度、経済政策の基本的目標として導入された考え方だそうで、さらに、イギリスの経済学者で、かつ社会保障制度の理想を追い求めたウィリアム・ベヴァリッジによって、1942年にイギリスの下院に提出された「ベヴァリッジ報告」によって、具体的な政策プログラムとして提示されたということです。

この「ベヴァリッジ報告」、私は不勉強ではじめて知りましたが、実は、日本の皆保険制度の基本的な考え方の基になっているそうです。

1942年は戦争真っ只中だったこともあり、時のチャーチル政権下では棚上げにされていたようで、実際にイギリスの皆保険制度である「国民保健サービス(NHS)」がスタートしたのは、戦後の1948年のことで、政権は労働党に移っていた、ということです。

日本の国民皆保険制度は、このベヴァリッジ報告書と、イギリスのNHSをお手本とし、国民健康保険と職域保険で国民の99パーセントをカバーする制度として1961年にスタートしたもの、ということです。

※注1:マリアビリティ(malleability、可塑性)。経済学では、生産要素がすべて、そのときどきの市場的条件に応じて、自由に、費用もかけず、他の用途に転用できる状態にあること。

(by インディーロム 渡邉修也)

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